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菅 健風
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ポートレート・プロ・スタジオ
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本日は、お仕事の宣伝を少々
KEN/KHAN(ケン・カーン)が描く人物画です
画材はパステルで描いています
                  
もしご希望の方がおられましたら下記のアドレスまでメールを
                      
yamawarauiori@fch.ne.jp

詳しくは、メールでご連絡いたします


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菅 健風
つれずれ   5 0

:仕事のヒント☆ - :就職・お仕事


信頼
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ここのところ、世の中は信頼を失う企業の報道があとをたたない
                        
なぜ、こうも続くのか、なんかむなしく腹立たしい
ある人は「そんな事は、大なり小なりどこの会社でもやっている
ことじゃないの」と言う
                            
なんか、同じようなことが続く閣僚、政治家と金の問題に似て
                        
確かにここまで続くと、社会全体がそう、思ってしまうことが
たいへん恐ろしい
                           
社長自ら、扇動していた会社もあれば、現場の責任者、責任で
とされている会社もある。
                           
                              
会社を起こすと言うことは、たいへんな投資である
                        
そして、起こした会社、そこが扱う製品などを世の中に
認めていただき、商売として起動に乗せることがどんなに
たいへんなことかを、身をもって経験してきたはずの
社長が、それを忘れて自ら、信頼失墜することに手をそめる
                         
人間の弱さなのか、欲なのか、はたまた企業としての
社会責任欠如なのか
でも、事が発覚して考えたらなんて愚かなことをとしか
思えないことばかりで、ますます情けない
                          
ずっと以前にラジオである会社の社長さんへのインタビューを思い出した
その社長さんは大手ソース会社を経営されており
おそらく3代目ぐらいの方だったと思う
この会社の創業者の方が、とにかく従業員を大切にする方で
この社長曰く、「私が今でも驚き、うれしいことは、創業者の元で
働いていた、従業員の子供さんや、創業者のことはほとんど知らないはずの
お孫さんぐらいの年齢の方が、(父や祖父が本当に先代社長には良くして
いただいたと言っておりました。)いまでも言っていただけるんです。」と
                                
きっとその方は、父親や祖父から心の底から大切にされていたという
話を何度も、何度も聞かされていたのだと思う
                        
こんなすばらしい創業者のビジネス以外の、精神を聞かされ受け継いだ
社長さんは、今、世間を騒がせているようなことには
ならないと思う
何十年かの、企業としての歴史と創業者の理念のもとで働き
退職した方々、現在も在職している方々、何千、何万の関係者の
誇りを、一瞬で失うことは、そう簡単に出来ることではない
                            
                                 
信頼は築き上げるのもたいへんだが、回復するとなるともっとむずかしい
しかし、失うときはいとも簡単に、あっというまに無くなってしまう
                               
会社社長ではない我々にも、それなりに築き上げてきた信頼はあるはずだ
今一度、気持ちを引き締めて自分の信頼は守らなければいけない 
                          
                        

菅 健風
つれずれ   2 0

:徒然なるままに… - :ブログ


ほめて あげんさい
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わたしは時々、汚いへたくそな字で言葉を書き
それを個展というかたちで、人様に
見てもらったりしている
                      
そんなことを始めて、もう10年以上にはなるかもしれない
                       
わたしの書く言葉は、日々の生活の中で
本を読んだり、新聞を見たり、テレビ、ラジオ
人との会話、そんな時 ふっと思ったことを
                       
自分なりに、表現し直しているだけで
同じようなことは、いろいろな人が、言っていることだと思う
                        
そんなわたしの、言葉にも毎回、個展のたびに
身に余る、おほめ言葉を(毎回用意している感想帳なるものに)
書いていただけるのだ
                         
毎日、会期中はそれを見るために会場に通う
それほど、その感想は 楽しみで、うれしくて
次に向かう大きな原動力になるのだ
                     
自分の作品に うぬぼれて、継続することは
出来るかもしれないが、誰かがほめたり、感動して
                       
くれると、それは大きな前進や、躍進につながるような
力がわいてくるのである

                      
子供を育てる時も、上司が部下を育てる時も
「ほめて育てよ」、とよくいわれている
                    
小さい時から「おまえは、だめだ、だめだ」といって
育てられるより、「おまえの、ここがすごいね、あそこがいいね」
といって育てられた方が、それは本人にとって
どれだけ自信になることだろう                
                              
それだけ、ほめるということは
心のささえになり、力になり、自信になる
                     
ほめることは、認めること
認められることくらい、うれしいことはない
                    
                  

                          

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菅 健風
つれずれ   4 0

なまら、北海道
http://www16.plala.or.jp/namaraezo/20071020140448.jpg

わたしは、北海道に生まれ
大阪に7年間暮らし、広島に移って30年になろうとしている
                          
この三つの都市は、いずれも独特の方言がある
                         
大阪や、広島では 「サッポロは、標準語ですよね」って
言葉の話になると、よくいわれていたが
                      
いえいえ、ところがどっこい
微妙なイントネーションと語尾に、「だべ、しょ、さ」などが
つく味わい深い・・・・?言い回しがある
                           
当時の私にとって、大阪弁などは「吉本新喜劇」などから流れる
テレビの音としてしか聞くことがなく
中3の時、大阪の大学に行っていた同級生の兄貴が
                          
里帰りしていて、その彼が使う大阪弁らしき言葉を
まるで、生で聞く英語や、フランス語のように
新鮮で、もうすごく、「かっこいいなあ」と思っていた
                            
広島弁との出会いは、何と言っても、深作欣二監督の「仁義なき戦い」だった

そして、初めて広島の町に行き
呉行きのローカル線乗ったとき、小学校低学年の男の子らが
口々に自分のことを「わし、わし・・・」といい「わしがやっちゃるけぇ、よお
みとけや」とかいう会話を、聞いた時は「やっべぇ、仁義なきたたかいじゃ」
と思ってしまった
                                    
そんな私も、学生時代は完全に大阪弁に
そして30年も住めば、それはもう立派な広島弁に
                     
問題は、生まれ故郷の北海道弁
さすがにこれだけの年月と、親不孝で、数えるほどしか帰省
していないブランクは、故郷なまりを忘れさせ
また使う恥ずかしさが妙にあって
                     
もう私には、話すことの出来ない故郷の言葉になったと思っていた
                             
それが今年の5月、ちょっと長い里帰りが実現して
たくさんの友人達や従妹などが話す、こてこての北海道弁を聞き
                            
わたしの中に、長く封印されていたものが
プツンと切れたようだ
                      
やっぱり、故郷の言葉はいい
心のそこから、そう思った
                
忘れちゃいけない・・・・いや、忘れてなんかいなかった故郷のなまり
                                 
                                                                      「なまら」・・・北海道では「すごく」、「とても」という意味で使います
                                   
「なまら、めんこい(かわいい)」、「なまら旨い」という使い方をします
                             
参考文献 :「なまら蝦夷」(宿主達の旅案内)800円                         
http://www16.plala.or.jp/namaraezo/
                           

                      

菅 健風
つれずれ   2 1

:ふと気づいたこと - :ライフ


ゆるして あげんさい
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とかく人間は、他人のことも、自分のことも
許せないことが多い
                   
この許すということ、人によって、またその
出来事によって、たいへんむずかしい問題になったりする
                       
突然、わが子が遊んでいるところへ、飲酒運転の
車が突っ込んできて、かけがえのない息子の命を奪ってしまった
                        
路上で、いきなり妻と娘が通り魔に、刺されて
二人とも命を奪われた
                          
もし、自分がその父親だったり、夫だったりしたら
どうだろう
                       
恨んで恨んで、呪って呪って、加害者の死刑を願って
ぜったいこいつだけは、許さん、
許せるはずがない、許してたまるか
                     
何年も、こうした悶々とした日が、きっと続くだろう
                           
はたして、こんな時でもいつか許せる日がくるのだろうか
                          
                            
これは、極端な例かもしれないが、でも世の中には
近いことが、わりと頻繁に起きているような気もする
                          
人間が生きていくうえで、「許す」 ということは
とても大切なことで、許せないようなことでも
本当は許した方がいいのだという
                          
なにか事があり、そのことを許さず、相手を恨み、憎んでいると
自分が今度、不幸になって色々悪いことが起きてしまうらしい
                          
最初も自分にとって不幸であるのに、それを恨んだり、
憎んだりすると、もっと自分が不幸になる
というのは、どうにも納得がいかないが
                   
なんとなく少しわかるような、気もする
                   
恨むこと、憎むことで、自分に対してのメリットは
何一つ無いということ
                
あるカウンセラーの方が言っていた
                     
相談に来る人で「どうも最近よくないことが起きるんですがとか、
やること、なすことどれも、上手くいかない」
と悩んでいる人は、10人が10人とも
                        
「誰かを恨んでいたり、すごく憎んでいるんですよ」と
                      
本人が言わなくても、色々話を聞いてるうちに
そういう事実がわかってくるらしい
                    
人はなぜ、許して生きなければならないのか
この辺に答えがあるように思う
                       
理不尽な死をとげた人たちも、自分の身内がいつまでも
人を呪って、恨んで、憎んで生きる姿を
あの世で見てるのも、ある意味つらいのでは
ないだろうか
                     
そのカウンセラーの人は、こうも言っていた
                     
「事情によっては、どうしても許せないこともあるだろう」
「先ではわからないが、今は、どうしても許せない」とか
                        
「そんな時でも、私は言うんです。」「わかりました、じゃあ
許さなくてもいいですから、その怒りや、恨みや、憎しみを
そこへ、おいてください。」と
                       
そこまでしても、一旦自分の心から、それらの気持ちを
取り去ったほうが、いいということなのだろう
                       
みなさんはどう考えますか
                        
いずれにしても、恨み、憎しみ、怒りなどを
胸に秘めて、生きていくのは
自分にとっては、けしていい、生きかたではない
という、ことのようだ
                         
                          


菅 健風
つれずれ   2 0

自信は、ただで ついてきますねん!
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「なんでも、やってみな わからしまへん」
某、大手引越し屋さんの社長さんが、よく言われる
言葉らしい
                       
私も、この言葉が大好きで以前は
書に使わせたいただいていた
              
二番目に好きなのが、この「自信は、ただで ついてきますねん」
という、一応私のオリジナルの言葉
                     
何かの本で、大切なものは みんな無料である
というのを読んだことがある
                     
空気とか愛情とか、自信とか
確かに無料である
                 
特にこの自信というやつは、無料ではあるが
おいそれとは、手に入らないのがまたすばらしい
                       
何かにチャレンジ、行動する、時間をかける
経験する、苦労する、その結果として
                      
ちゃんと無料で、気づかないうちに
自分のものとなっている、ということがまたすばらしい
                      
自信は年代に関係なく
情熱を傾けた値に比例して増していく
                  
さあ、新しいこと挑戦するのもよし
今まで、磨きをかけてきたことを、さらに追求するでもよし
                        
無料の自信をどんどん付けまくろう
                    


                                     


菅 健風
つれずれ   6 0

:人が人に伝え教えるべきと思う事 - :学校・教育


山小屋ブラザーズ
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1999年の春のことだった。
                  
同じ会社で働いていた、二人のおじさんは
以前から募らせていた思いが、同じだったことがわかった
                      
それは、山小屋を作りたいと言うこと
                     
しかし、このおじさん二人は、山小屋を作るということに
対してなんの知識もなく、経験も技術もノウハウも
持ち合わせていなかったのであった
                      
そして、もっと無謀ななことに、お金は極力かけないという
厳しい条件もつけたのである
                      
ところが、この山小屋つくりのことを色々な人に話すと
思っても見なかったことが、起き始めた
                   
いろんな材料が少しずつ集まってきたのである
                      
無理に、お願いをしたわけでもないのに
                 
「こんなものあるんだけど、もし使えるんなら
あげるよ」なんて、まさにリサイクル、リサイクル
                      
使い残った木材や、少し不良の新品製品などが
少しずつ、少しずつ
                        
こうして、「山小屋ブラザーズ」は長年あたためていた
淡いあこがれを、現実のものとすべく
                      
使えずに眠っていた材料、処分に困っていた物達を
生き返らせ、雨の日も、風の日も、雪の日も
                      
忙しい仕事の中、月に1回か2回、休みを合わせて
時々人の手も借りながら、1年と数ヶ月かかり
なんとか、完成にこぎつけることが出来た
                     
1999年にスタートして、2007年の現在まで
大きな地震や、幾度かの大型台風にもびくともせず
                      
現在も、ひっそり街里を離れた山奥にたたずんでいる
                     
「山小屋ブラザーズ」はその山小屋を「寄木来処」(よっこらしょ)
と名付けた 
                          
                    
実はこの山小屋、総工費(約20平米)驚きの13万円弱で完成した
                        
この山小屋作りでの教訓
                
「何かを始めようとするとき、秘密ではじめてはいけない
大勢の人に話すと、知恵やら物やら、人手やら色々なものが
集まってくるのである」
                         
勉強になりました、おそまつ!



菅 健風
つれずれ   5 0

:手づくりを楽しもう - :趣味・実用


大人気の北海道チーズケーキは、美味しさといっしょに、作る人の気持ちが送られてくる
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お笑い芸能人の、テレビでの一言がきっかけで
火がついた、北海道産の「なんとか??」というチーズケーキ
                          
先日、友人のお店に寄ったら
奥さんが、以前にネットで注文したことがあるらしく
「ほんとにおいしいんよ、ここらのケーキ屋さんの
チーズケーキとはぜんぜんちがうんじゃけぇ」
                      
「それにねぇ、こだわりの商品説明も入っていてね、まあ
それよりも、なによりも社員の人が手書きで
おしゃれな便箋に、(この度は遠くからご注文いただき
本当にありがとうございます。
北海道は今、~のシーズンで、私どもの牧場は~におわれております)
みたいなことが書いてあってねぇ、感動したんよ」
                          
たかが、1個1,600円ぐらいのチーズケーキと一緒に
送られてきた、その会社の人たちの思いに
爽やかな、そして今まで物を買った時には
感じたことの無いものを感じてしまったのかもしれない
                        
商売人がテクニックとして用いるのではない
ストレートな生産者の気持ちが
お客さんの気持ちを、がっちりと捉えたのだろう
                  
このような最初の気持ちを、ずっと持ち続ける
のは、なかなかむずかしいものだが
                   
はじめて、自分達が作ったものが売れた時の喜び
買ってくれた人への感謝の気持ちを
いつまでも、忘れないでがんばってほしいものだ
                      
「それが明日から、北海道物産展で、そのチーズケーキが
1日限定100個で来るんよ」
「とりあえず、デパートのオープンと同時に行けば
3個ぐらいは、買えるんじゃないかと思うとるんよ」
                  
                        

                        
                       

                              
菅 健風
つれずれ   5 6

赤い花なら、曼珠沙華
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この時期に咲く、赤い花といえばサルビアと曼珠沙華(彼岸花)
                          
特にこの曼珠沙華は、私の住んでいる町内が県内でも有数の
群生地と、あまり根拠のないものではあるが
私は、そう思っている 
                          
もしかして、中国地方一、いや西日本一、ひょっとして
日本一かも、と自分の中で2,3年前から思っている
                          
私の故郷、北海道ではなぜか、見かけないように
思ったが、私が知らないだけだろうか
                     
この花は、9月の後半、稲刈りのシーズンになると
いきなり茎のようなものが、ぴゅーっと伸びてきて
4,5日から一週間ぐらいで、繊細というか
高貴というか、例のあの花を咲かすのである
                     
その後、花の鮮やかな時も4,5日ほどで終わる
そして何も無くなった後から、ニラ状の葉っぱが
にょきにょきと出てくる
                      
冬から春を過ぎると、その葉もいつか
跡形も無く消えてしまう不思議な花である
                      
根に毒があるということでも有名で
                
韓国では「花は、葉を想い、葉は、花を想う」ということから
「サンチェ(相思華)」と呼ぶらしい    
菅 健風
つれずれ   7 0

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