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ゆるして あげんさい
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とかく人間は、他人のことも、自分のことも
許せないことが多い
                   
この許すということ、人によって、またその
出来事によって、たいへんむずかしい問題になったりする
                       
突然、わが子が遊んでいるところへ、飲酒運転の
車が突っ込んできて、かけがえのない息子の命を奪ってしまった
                        
路上で、いきなり妻と娘が通り魔に、刺されて
二人とも命を奪われた
                          
もし、自分がその父親だったり、夫だったりしたら
どうだろう
                       
恨んで恨んで、呪って呪って、加害者の死刑を願って
ぜったいこいつだけは、許さん、
許せるはずがない、許してたまるか
                     
何年も、こうした悶々とした日が、きっと続くだろう
                           
はたして、こんな時でもいつか許せる日がくるのだろうか
                          
                            
これは、極端な例かもしれないが、でも世の中には
近いことが、わりと頻繁に起きているような気もする
                          
人間が生きていくうえで、「許す」 ということは
とても大切なことで、許せないようなことでも
本当は許した方がいいのだという
                          
なにか事があり、そのことを許さず、相手を恨み、憎んでいると
自分が今度、不幸になって色々悪いことが起きてしまうらしい
                          
最初も自分にとって不幸であるのに、それを恨んだり、
憎んだりすると、もっと自分が不幸になる
というのは、どうにも納得がいかないが
                   
なんとなく少しわかるような、気もする
                   
恨むこと、憎むことで、自分に対してのメリットは
何一つ無いということ
                
あるカウンセラーの方が言っていた
                     
相談に来る人で「どうも最近よくないことが起きるんですがとか、
やること、なすことどれも、上手くいかない」
と悩んでいる人は、10人が10人とも
                        
「誰かを恨んでいたり、すごく憎んでいるんですよ」と
                      
本人が言わなくても、色々話を聞いてるうちに
そういう事実がわかってくるらしい
                    
人はなぜ、許して生きなければならないのか
この辺に答えがあるように思う
                       
理不尽な死をとげた人たちも、自分の身内がいつまでも
人を呪って、恨んで、憎んで生きる姿を
あの世で見てるのも、ある意味つらいのでは
ないだろうか
                     
そのカウンセラーの人は、こうも言っていた
                     
「事情によっては、どうしても許せないこともあるだろう」
「先ではわからないが、今は、どうしても許せない」とか
                        
「そんな時でも、私は言うんです。」「わかりました、じゃあ
許さなくてもいいですから、その怒りや、恨みや、憎しみを
そこへ、おいてください。」と
                       
そこまでしても、一旦自分の心から、それらの気持ちを
取り去ったほうが、いいということなのだろう
                       
みなさんはどう考えますか
                        
いずれにしても、恨み、憎しみ、怒りなどを
胸に秘めて、生きていくのは
自分にとっては、けしていい、生きかたではない
という、ことのようだ
                         
                          


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菅 健風
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